2016年7月29日金曜日

ピンチはチャンス/怒涛のビジネススキル編その6




ピンチはチャンス

~ピンチこそ自己アピールの最大のチャンス!~




しまった!と思うことが多々あった。そういう時は血が逆流する。顔面蒼白というヤツである。頭を抱えたくなるほどの難事件、重大なトラブルが発生した時は、本当に心が折れそうになるものだ。


しかし、「ピンチはチャンス」という言葉があることを忘れてはならない。勿論、ピンチは単にピンチでしかないこともあるのだが、サラリーマンを40年近くやって来た私には、結局ピンチはチャンスだったんだなぁと気付かされることも多かったのである。


サラリーマンのピンチは主としてトラブルやクレームである。原因はたいがい自分のミスか部下のミスだ。話がどんどん大きくなり会社全体に波及するようなケースさえある。
こういうケースでは本当に精神的に追い詰められる。忘れようとしても頭から離れずに、会社を出てからも、休みの日にでさえ考えてしまい眠れなくなることも多い。どうしようもなくなって、もうこうなったら辞表を出すか、いっそのこと死んでしまおうか、などと、自分がコントロールできなくなり、どんどんマイナス思考が膨らんで行くことさえあるのだ。その時はチャンスなどとは思えない。ともかく解決したい、切り抜けたい、逃れたいと思うばかりである。

課長時代にひどい日があった。朝に怒りまくったお客様から電話があり「社長を出せ!」と怒鳴られた。お話を丁寧にお訊きし、調べた上で先方の会社にお伺いすることでとりあえず治めた。1時間くらい神経をすり減らす会話をして、へとへとで崩れ落ちそうになっていたところに、部下のG君が「課長、電話代わってくださ~い。社長を出せって言ってます。私じゃもう無理で~す」とへらへら笑いながら言うではないか。
何と「社長を出せ」の連続攻撃である。
こんなことは滅多にない。シングルの「社長を出せ」さえそうはないのに、何とダブルである。
(うーん、どうなってんだ、これは。もう勘弁してよぉ・・・)と心の中では目茶目茶動揺し混乱しつつも必死に堪え、うむ、と頷くと電話を代わりまた話し始めた。
しかし私は、「前の社長を出せ案件」で説明に行く約束をしていたので気が気ではない。それでも気力を振り絞って何とか説得し午後にお伺いすることになった。それから二つの案件を調べ、対応策を考え、疾風のように連チャンでお客様を訪問し何とか沈静化させたのである。まったくとんでもないひどい一日であった。


そもそも社長を出せと言われて社長を出す課長はいない。部長を出すことすら避けなければならないのだ。自分が責任者だから、と丁寧に申し上げて何とか自分のところで止めるのが中間管理職の使命なのである。
一人だけひどい先輩がいて、社長を出せ、という電話に対し、「はい、社長は東京の本社にいて名前は〇〇で電話番号は〇〇〇〇です。どうぞよろしく」と対応したのを目撃したが、そんな人が出世するはずはないのである。


しかし、このようなピンチの時にどんな対応をしたかは、実は評判や評価に大きな影響を与えるものなのだ。ピンチの時こそが最大のアピールのチャンスと言えるのである。
この「社長を出せ連続攻撃事件」も何となく自然に広まって、福田は根性がある、との評判につながった。根性がある訳ではない。起きてしまった案件を何とか必死に対応しただけなのである。しかしこのひどいピンチがなければこのような評判につながることもなかった。 


サラリーマンをしていると毎日毎日大なり小なりチャンスもあればピンチもある。それら膨大な数のチャンスとピンチへの対応の積み重ねが評価や評判につながるのだと思う。
ピンチをチャンスと思うのは簡単ではない。それどころではないからだ。イヤでイヤでしょうがないのだから、とてもチャンスなどと考える余裕はない。なので実際は「ピンチはチャンス」というより「ピンチは結果としてチャンスにつながっているかも」、というのが正しい表現ではあるまいか。しかしそれを理解しているだけでも違うのかもしれない。

ピンチが連続している時期は耐性が出来る。何か起きても、やっぱりまた来たか、と思え冷静に対応できるのである。平和な時期が続くと逆に耐性がなくなる。小さなトラブルでもビクビクしてしまうから不思議だ。
そんな時期に部下の人から面倒な案件が来ると、なんだよぉ、それくらい自分で解決してくれよぉ、などと思ってしまったりする。
 しかし、それを顔に出してはいけない。私はポーカーフェイスが売り物なのだ。何でもない平気な顔をして、そうかわかった、と言う。でも心の中では泣いていることもあった。


なんだようぉ、最近何にもないと思って油断してたらさぁ、ひどい案件じゃないかよぉ。いやだよ、もう。勘弁してよぉ。行きたくないよぉぉぉぉぉ!


※8月1日より「4コマ漫画+エッセイ」の配信は「平日の月・水・金」となります。火・木は随時、コラムなどを配信します。





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2016年7月28日木曜日

「しつこいヤツ」悩めるサラリーマン必読!すっきり解消します!/怒涛のビジネススキル編その5



~3本ノック理論で評価を上げろ!~


 サラリーマンにはいろいろなタイプの人がいる。豪快な人もいれば繊細な人もいるし、真面目な人もいればいいかげんな人もいる。
 私は営業職が長かったのだが、営業マンにも様々なタイプの人がいる。


主に営業マンタイプと言われる人は話が上手く調子が良く、明朗快活で押しが強い。しかし、そうでないタイプで優秀な人も多いのだ。
真面目で聞き上手、派手さはないが実直で粘り強い、というような特徴を持つ人たちである。
営業マンタイプの人にはネックがある。細かい仕事が苦手で約束が守れない人が多いのだ(-_-;)
その点聞き上手タイプの人は約束をしっかり守り信頼を勝ち得ることが多いものである。
明朗快活などの性格は持って生まれたものであり、そう変えられるものではない。しかし、「聞き上手」は誰もが意識すれば出来るスキルであると感じる。
さらに、サラリーマンが目指すべき姿の一つに「しつこいヤツ」というのがある(^.^)


日常生活においてはしつこいヤツは嫌われるが、会社の中では完全な褒め言葉である。

上司が「あいつはホントにしつこいからなぁ」と発言する時の表情は、だいたいは少し嬉しそうに笑っている。
この発言の背景には、粘り強い、諦めない、根性がある、などのポジティブなニュアンスがあるのだ。
対義語は「さっぱりしている」「あっさりしている」など。
友達にするにはこういう人の方が良いに決まっているが、会社の中ではしつこいヤツには敵わない。 


どうも人は3回自分の意見を否定されると、どんなに正しいと思っていても不安になるらしい。
私もこの手法はよく使った。

上司と意見が合わず、遂に怒鳴られた時などは大チャンスである。
一日とか時間を空けてから、「しつこくて申し訳ありませんが、どうしてもこの方が良いと思って」などと柔らかく攻める。NGでもまた時間を空けてから、「昨日考えていたら一睡もできませんでした」などと、ホントはグーグー寝てたとしても情に訴えながらチャレンジしてみる。
敵に考える時間を与えながらだんだん不安にさせるのである。  


また、人は皆、倒されても倒されても立ち上がってくる姿が好きである。
ボクシングなら「あしたのジョー」の「ジョー!立つんだ、ジョー!」ってやつだし、野球で言えば千本ノックだな。
フラフラになりながらも、「もう一丁!もう一丁!」と向かって来る姿に人は感動を覚えるものなのだ。

しかし3回だからな。そうだ、これを「3本ノック理論」と名付けることにしよう。
で、「3本ノック理論」は自分の意見を通す、という本来の効果に加え、自分の評価を上げる、という大きな副次的効果が期待できるのだ。
粘り強く、諦めない、ともかくしつこいヤツ、と印象付け出来たら勝ちである(^.^)



実はこのへんのことを戦略的に考えられるかどうかは非常に大事だ。
特に私のように本来はしつこくなく、あっさりして優柔不断でいーかげんなタイプは、普段の自分を出せばまったく話にならないのである。
しかしサラリーマンは求められる姿が明確にあるのだから、無理してそちら側に寄せて行くためには自分の中に確固たる戦略観を持って自分だけの「基本」を作る必要があるのだ。


その自分だけの基本の一つの柱が「しつこいヤツ」であり、それを達成するための具体的行動=スキルが「3本ノック理論」なのである。
そう考えればシンプルだな(^^)/


 かくして私は「しつこいヤツ」の称号を手にしたが、実は誰でも出来る簡単なことなのである。


しかし勿論相手を見る必要はある。常軌を逸して怒ってばかりいるようなヤツには何を言っても無駄だ。そして恐ろしいことにその手合いが未だ棲息しているのも事実なのだから・・・(-_-;)





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2016年7月27日水曜日

報告/怒涛のビジネススキル編その4




報告
~報告力こそサラリーマンの武器だ!~


 サラリーマンの重要な仕事の一つは「報告」である。報告力という言葉はないが、報告力は歴然として存在する。実は報告力が高い社員ほど高く評価されるものなのである。


 昔尊敬する先輩である私の師匠Yさんに言われたのは、「バレる嘘は絶対つくな。バレない嘘ならいくらついてもいい」ということであった。当時はまだ若かったのでよく理解できなかったが、職位が上がるにつれなるほどと思うようなことが度々あった。

 嘘の報告をした場合、もしその嘘が露見すると壊滅的なダメージを被ることになるという事例を何度か垣間見た。通常、報告は上司を中心に目上の人にするものだ。上司に嘘をつきそれがバレれば「嘘つき」というレッテルが貼られ、それは悪評となってしまいなかなか挽回できるものではない。一発退場のような感じである。だから絶対に嘘をついてはいけないのだ。


しかし報告力の高い人は、嘘はつかないまでも「誇張」や「拡大解釈」や「微妙な言い回し」などを駆使して見事に手柄は10倍、ミスは10分の1に報告するのである。


  私が密かに報告の鬼と呼んでいたHさんであるが、この人は凄かった。
 ある時隣席のHさんが電話を取った。珍しく飛び込みの電話照会であった。新規に創設した企業がリスク全般の説明に来て欲しいという、まずあり得ないようなラッキーな話であった。裏があるといけないので勿論慎重に対応はするのだが、このケースは何も問題のない先であったので、代理店の方と同行したHさんが見事に大型契約を獲得したのだった。
さて、するとHさんはすぐさま私と代理店のAさんを飲みに誘った。そしてたらふく御馳走してくれた後私とAさんに、今日の契約は自分が飛び込みで取ったことにしてくれ、と言ったのである。


えええぇ?!と思った。真逆である。この件はたまたまかかってきた電話をHさんがたまたま取って、しかもたまたまホントに良いお客様だったので契約になったという、「3たまたま契約」なのである。それを逆に自分が飛び込みできっかけを作り、Aさんと一緒に通いつめ、苦労に苦労を重ねようやく成約したというストーリー仕立てにするというのである。
しかしそこまでやってしまうとバレたら面倒ではないのか。その疑問をぶつけてみるとHさんはにっこり笑い、「大型契約だけど、奥行きから言っても課長が挨拶に行く規模にはならない。君とAさんさえ黙っててくれれば絶対にバレることはないよ」と言うのである。ご馳走になった手前もあるし、そもそも私もAさんも、Hさんとは仲が良かった為、Hさんを陥れるようなことをするはずもないので快く了承した。


Hさんは3たまたまを隠し、飛び込みをきっかけに艱難辛苦を乗り越え必死の思いで契約を獲得したという、聞くも涙語るも涙のサクセスストーリーをでっち上げ課長に報告した。報告は課長から部長へ上がり、更に担当役員にまで伝わり、Hさんは単にこの件で評価を上げただけでなく、「Hは優秀」という評判を広めるのことにも見事に成功したのである。


何というひどい人だろうと思われるだろうか。確かにひどいが、この嘘は誰も傷つけてはいない。ギリギリセーフではないのか。
確かに正直に報告すればたまたまラッキーだっただけ、という印象を持たれ全くと言っていいほど評価にはつながらなかったと思う。しかしほとんどの人は正直に報告するものである。報告の鬼Hさんはこの案件とその後の評価の全体像を俯瞰できたのだと思う。そして俯瞰図に基づき周到に組立てを行ったのだろう。その点については凄みさえ感じる。


結局、評価というものには取組みプロセスが大いに関連する。現代の人事評価制度では、成果評価とプロセス評価を両建てとしている会社も多い。同じ成果を創出したとしても、何の苦労もしなかった人と必死の努力を重ねた人では評価には大きな差が付くものなのだ。


Hさんの名誉の為に申し上げるが、Hさんは大変優秀な人であり、一つ一つの仕事もしっかりこなす。そのベースがあるからこそこのような離れ業が出来たのだと思う。


私はここまでの激しいストーリーメイクはしたことはないが、YさんやHさんの背中を見て来て大変勉強になった。
ここには恐ろしくてとても書けないが数々の窮地を乗り越えて来ることが出来たのも、こういった諸先輩のご指導の賜物である。


この場をお借りして深く感謝申し上げます。







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2016年7月26日火曜日

評判/怒涛のビジネススキル編その3



評判
~イメージ戦略が評判を作る!~



「評判」というのは誠に漠然としたものである。真実の伝聞のようでもあり、単なる噂話の延長のようでもある。


昔先輩のYさんに言われたことがある。
 「良い評判が立つと、10回続けて失敗しても11回目に上手く行くと、やっぱりあいつは優秀だと言われるが、悪い評判が立つと10回続けて成功しても11回目に失敗するとやっぱりあいつはダメだと言われる。評判というのはとても大切なんだ」
なるほどなぁ、と思ったものの、Yさんは良い評判の立て方までは教えてくれなかった。それでもその言葉はその後ずっと心に残っていた。


  私はそもそも極度の人見知りである。いつもくよくよ考えこむ小心者でもあり、営業職には本当に向いていない性格だと思う。それがあまり考えもせずに損害保険会社に入社し営業職となってしまった。
若い頃は営業的ではない自分に強いコンプレックスを抱き、どんどん人と溶け込んで行ける先輩に嫉妬したものである。しかし、なんだかんだと苦労を続けているうちにだんだん分かって来たことがある。それは、この仕事を続けて行くなら、自分の本来の性格を見抜かれると損をする、ということだった。

そこで私はポーカーフェイスを貫くことにした。どんなにひどいトラブルがあっても、どんなに上司に怒鳴られようとも決してオタオタせずに顔色を変えないのである。心の中では泣きたくなっていても、心臓がドキドキしていても、顔や態度だけは平然としているようにしたのだ。これは意識さえすれば比較的簡単にできるようになる。顔に出さないと決めてさえしまえば、何とかなるものなのだ。そんなことをしばらく続けているうちに、「あいつは図太いヤツだ」と言われるようになって来た。


上司に初めて、「福田君はホントに図太いねぇ」と笑いながら言われた時には、心の中ではとても驚いていた。何故そんなことを言われるのか、と不思議な気持ちでいっぱいだった。そして信じられないことに、この「図太い男福田」というのは評判になって行ったのである。


営業マンの世界に於いては図太い、強い、根性がある、などは明確に褒め言葉である。線が細い、弱い、あっさりしている、などの言葉は低評価と言える。なので、私は自分の弱さを隠しているうちにいつしか良い評判を得ていたようなのだ。


その後何人もの人に同じようなことを言われた。つまり性格と正反対の評判が立ち、それが確固たるポジションを確立したのだ。そうなると人間とは不思議なもので、段々そんな気になって来る。内面が評判に近づいて来るのだ。性格はそんなに劇的には変えることは出来ないが、人並み以上の図太さは身に付けることが出来た。言ってみれば、イメージ戦略で評判を作り、評判に製品が追いついた、ということであろうか。


また、様々な上司、同僚と仕事をしていると分かるのは、世の中にはそんなに、図太い、豪快な、豪放磊落な人などいないということである。豪快に見える人ほど繊細で気が弱かったりするものだ。声が大きくわーわー騒ぐおっさんほど小心者で、人の評価を気にしたりする。弱い犬ほどよく吠える、ということか。逆に普段は物静かな感じの人の方が、肝が据わっている。


結局は仕事は、逃げたり、人のせいにしたりしたら負けなのだ。逃げても逃げ切れるものではないし、人のせいにしても自分に倍になって返って来ることが多い。それなのに、豪快、と言われる人に限って、そんな行動に出ることがある。


図太い男福田は、その後もそのポーカーフェイスを貫いた。どうなったか、というと、ややこしい案件や難しい事件が寄って来るようになった。
 トラブルシューターなどという嬉しいような嬉しくないような仇名を付けられ、「京都10時間軟禁事件」「新潟超ハードネゴ事件」など様々なややこしい案件に巻き込まれ、嵐の海に浮かぶ木の葉のように翻弄されたのである。出来る人には仕事が集まる、と言うが、図太い人には難事件が集まるのだろう。本当に泣きたくなったが、顔には出さず一生懸命必死に頑張って何とかギリギリで解決した。


 なかなか本来の性格と違う個性を演じるのは大変でありストレスも溜まる。しかしそれがトレーニングとなり、本来の自分の性格とは違う仕事上の個性が形成されて行くのかもしれない。


 仕方ないのだ。サラリーマンには求められる姿があるのだから。





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2016年7月25日月曜日

負ける喧嘩はしない/怒涛のビジネススキル編その2



負ける喧嘩はしない
~これぞ交渉に勝つ秘訣!~


サラリーマンを長くやっていると窮地に立つことも多い。そしてその窮地を如何に切り抜けられるかが最も重要と言えるのではないかと思う。切り抜ければ評価にもつながるのだ。


一人で解決することが難しい案件もある。特に上司や同僚、また他のセクションの人の力を借りなければ解決しない案件も山ほどある。利害がぶつかったり他の人に譲歩してもらわなければならない時、如何に上手く交渉するかが自分の力量であるとも言える。

私は交渉事には強かった。若い頃から少なくとも普通の人よりもかなり勝率は高かった。それは先輩に「負ける喧嘩はするな」と繰り返し教わって来たことが大きかったと思う。
この先輩Yさんは天才的であった。後にも先にもこんな人はいなかった。どう考えても無理だと思われる社内外の協議案件を、いとも簡単に纏め上げて来るのである。だが、Yさんにも当然どうにもならない案件もある。その場合は早々に諦めてしまい全く交渉しないのである。
Yさん曰く「負ける喧嘩はしない、というのは喧嘩をするな、ということではない。喧嘩する時は必ず勝てということ。最初から負けると分かっている時は即座に諦める」。


つまり、勝つ為に事前に如何に徹底的に考え、調べ、ロジックを組立てるかが大切であり、喧嘩=交渉を始める前にほとんど勝負は決まっている、ということであった。道筋を作れない案件まで無理矢理力でねじ伏せようとしても、自らの評判を落とすだけで得るものは何もないということなのである。
「勝てる背景を作れ」「難しい案件程相手に近づけ」とも教えられた。

営業課長時代に、本社にSさんという難攻不落の課長がいた。この人の決裁を取らなくてはならない難しい案件があり、上司も「Sさんじゃ無理かな」と諦めていた。
Yさんに相談したら、「それは家を褒めるしかないな」と言うのである。家を褒める?!一体何ですか?と訊いたら、どうもSさんは最近家を買ったらしいので、その家を褒めまくり、教えを乞う感じでまずは親しくなるのが早道、ということであった。当時ちょうど私も家の購入を考えていた時期ではあったので、Sさんを訪ね本命の案件には触れず家の購入のノウハウなどの話を振ってみたところ、今まで見せたことのないような柔和な表情で丁寧にいろいろ教えていただいた。結果、数日後二人で飲みに行くことになり更に家の話で盛り上がり親しくなることに成功したのである。
その一週間後くらいに懸案の案件はすんなりと決済が得られた。上司をのけぞって驚き、お前一体どんな手口を使ったのか、と詰め寄られたが、まさか家を褒めて、と言えるはずもなく黙っていた。Yさん恐るべし。




正に「将を射んと欲すればまず馬を射よ」なのだ。大上段から大刀を振り降ろすような戦いは確率も低いし、場合によっては遺恨も残るのである。それよりも相手が「助けてやろう」と思える背景を作ることを優先すべき、ということを私はこの件で学んだのだ。背景を作ってもダメな時はダメだが、それでもただ闇雲にぶつかるよりも100倍賢いのである。

課長時代の部下だった「見舞いの鬼」と言われたN君も、背景を作る派であった。得意技はお見舞い一本槍。誰かが入院したと聞けば即座にお見舞いを持参するのである。
彼曰く本人より家族の見舞いが大事で、家族の見舞いをすれば家庭内の本人の株が上がるので効果倍増とのことであった。ともかくN君は常にとことん病人を探しているような営業スタイルだった。人の不幸を探すようで何だか釈然としなかったのだが、本人は大まじめである。そして、そんなに病人がいるわけない、と普通は思うのだが、大小取り混ぜれば結構いるものなのだ。


ある時、「攻略中のお客様の部長が入院した」という話をN君が聞きつけ、満面の笑みで私の所に報告に来た。
「いやー、課長、遂にチャンスが来ました。〇〇社のE部長がお茶の水の病院に今日から入院したらしいです。すぐ行きましょう!」
N君の勢いに押され、お見舞いを購入しすぐさま病院に向かった。ロビーに着いて受付で病室を確認しようとしたら何と病院着のE部長が歩いているではないか。すぐさま呼び止め、「E部長、大丈夫ですか!」と言ったらキョトンとして、「どうしたの?今日人間ドックなんだけど」と言ったのである。


に、人間ドックぅ?!後ろに控えるN君をギリリと睨みつけ、それでも固辞するE部長にお見舞いを無理矢理押し付け逃げるように帰って来た。帰路でN君をこっぴどく叱りつけたのは言うまでもない。ところが、である。何と一週間後に商談は成立したのだ。


(ほーらね)と顔に書いてある感じで、得意満面の笑みを湛え報告するN君に、私は「そうか」と言うしかなかった。
見舞いの効果が絶大なのは確かに分かったが、幾らなんでも人間ドックのお見舞いを正当化することは立場上出来なかったのである。





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2016年7月22日金曜日

偉くなれ/怒涛のビジネススキル編その1




偉くなれ

~青島、正しいことをしたければ偉くなれ、について考える!~




「青島、正しいことをしたければ偉くなれ」


踊る大捜査線の中での和久さんの名セリフである。いかりや長介さんのハマリ役で、和久さんは本当に素晴らしかった。


私はこのセリフのネタを送別会など公式行事の挨拶等でよく使わせていただいた。文脈を正確に言うと、正しいと信じることを実現したければ、実現できる立場になれ、ということだろうか。


会社では理不尽と感じることや、納得いかないこと、絶対に違うと思いながらも上司に従わざるを得ないことなどが日常的に起きるものである。だが、それに対して文句ばかり言っていても根本は解決できない。結局は自分が決定権者になって自分が信じる改革に取組むしかないのだ。その為にも、一つでも上の役職を目指そう。決定権者にならないまでも、周囲に信頼される人間になろう。会社は役位がすべてではない。自分の意見を尊重してもらえるよう、周囲との信頼関係を作って行こう。そんなイメージで話をさせていただいていた。

しかし、偉くなれと言われても全員が部長や役員になれるわけでもない。その差はどこでつくのだろう。どうしたら偉くなれるのか。


大前提はやはり「周りから信頼される人」ということではないだろうか。さらに言えば会社の仕組み上、上司から信頼されない限り昇格は難しい。


課長の頃に先輩のAさんからこんなことを言われた。


「福田君、○○支店長はね、君を昇格させる力はないかもしれない。しかしね、昇格させない力はあるんだよ」。


一応真面目な顔をして聞いてはいたが、内心、(何だよ、それ。暗黒大魔王かよ!)と思った。良くすることはできないがダメにならできるなんてホント価値がないよな、と。しかし、自分が支店長クラスになって分かったのは、会社の仕組み上Aさんの言っていたことは実に正しいということだった。


昇格レースは熾烈である。単純な指標の比較だけではなく、人事が保有している過去のデータによるところも大きいし、さらに様々な力関係やパワーのある人の意図が働いたりするケースもあり不可解な部分も多い。だから上司がいくら頑張って部下を推薦しても、届くとは限らないのである。


一方、上司が部下を昇格させたくない、と思ったら簡単だ。序列を下にすればいいだけの話だし、そもそも推薦しない、という手もある。そういうことは会社のルールに則って普通にできるのだ。
だから上司からの信頼は大前提中の大前提なのである。そして上司は対象者が周囲からどう見られているか、信頼されているか、を見ているものである。上司から、というのを中心とした周囲からの信頼、これが最も重要なファクターなのだと思う。


また、上司から信頼されるには(こいつはなかなか見どころがあるなぁ)とか(すごいやつだぞ)とか思われる必要がある。それにはコツがあるのだ。
営業マンが上司から信頼され、評価される法則はこれです!


「上司は、悪い案件では出さず、良い案件にこそ連れて行く」


トラブルや、ややこしい案件は、自分が必死で踏ん張り上司は出さずに解決する。勿論、どうしても出さなくてはならない場面もあり判断が必要だが、極力出さないように組み立てる。しかし、報告だけは当初からきっちりしておく。上司を出す場合も、報告の流れから、上司が自ら「俺も行くよ」と言わせるように仕向ける。

このようなトラブル案件でベストな流れは、上司がこれは俺が行かなくてはまずいな、と思ったが、部下であるあなたが見事に一人で解決した、というものである。上司は、おー、助かったと思い、あなたの評価は上がる。


良い案件、例えば新規の大きな契約が決まっていてお客様に挨拶に行くとか、もう既にほとんど決まりかけていて形式的に挨拶が必要とか、そういう時は上司を出す。何かビジネス上プラスになるようなことが全く無くても上司を引っ張り出し、「出てもらって助かりました」とお礼を言う。更に「さすがですね」とか調子の良いことを言ってみる。自分が課長なら、「部長に行っていただいて大口契約が取れました」などと役員に報告する。つまり上司を立てることで自分の評価を上げるのである。


ところが結構この逆をする人がいるのだ。悪い案件はすぐさま上司に一緒に行ってくれと頼り、良い案件は私が一人でやりました!とアピールする。欲求に素直で単純とも言えるが、サラリーマンの世界はそんな人が残っていけるほど甘くはないのだ。


このように自分で組み立てた「法則」を徐々に積み重ねて行けば、それが自身の戦略観になり、ピンチを切り抜けチャンスを膨らませることになるのではないだろうか。


是非もう一度自分の「法則」について考えてみていただきたいものである。



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2016年7月21日木曜日

配合問題/狂乱のオピニオン編その14



配合問題
~狂乱のオピニオン編その14~

タウリン1,000ミリグラム配合!とか言われると、おー!と思ってしまう。タウリンは本当はよく知らないのだが、1,000ミリグラムってすごいじゃん!と何となく思うのである。
1,000ミリグラムも入っているならきっと身体に良いに違いない、疲れた身体にはやっぱタウリンだよな、とか。

タウリンを調べてみると魚介類に含まれる成分で、血圧の安定化やコレステロール減少、心臓、肝臓、脂肪燃焼などに効果があるらしい。確かに欠乏しがちな成分ではあるようだが、この辺をよく理解しないで飲んでいる自分が何となく情けない感じだ。ちなみにタウリン1,000ミリグラムを食物から摂取するには、蛸の足一本分と書いてあった。どのくらいの大きさの蛸かは知らないが、それだったら蛸を食う方が良いような気もする。しかし毎日蛸ばかり食う訳にはいかないか・・・。

でも、よくよく考えてみれば1,000ミリグラムというのは1グラムのことである。なるほど、タウリン1グラム配合!とは声を大にして言いづらいもんな。それで1,000ミリグラムか。
 しかし絶妙な言い回しだな、1,000ミリグラム。889ミリグラムでも1,258ミリグラムでもダメだもんな。ピッタリは迫力が違う。

アントシアニン配合!というのもある。タウリンは1,000ミリグラムだが、アントシアニンはただ配合されているだけである。こうなってくると、タウリンよりアントシアニンの方が上位にいる感じだ。
「タウリンさんは1,000人まとめてアピールしてるけど、あたしなんかは一人だけで十分なのよ。どう?」と、アントシアニンがタウリンを挑発しても不思議ではない。タウリンは歯噛みして悔しがるだろう。
しかしアントシアニンはブルーベリーなどに入っている成分で、目に良いことで知られている。そもそもタウリンとは勝負の土俵が違うのかもしれないな。

 この他にも、コンドロイチン配合!インドメタシン配合!などなど「配合問題」は枚挙に暇がない。
 結構長い名前が多いな。タウリンは短いから1,000ミリグラムとアピール強化をしているのかもな。

長い難しい名前だと何となく効果がありそうに思うのは私だけだろうか

 短く簡単な名前、例えばペポ1,000ミリグラム!とか言われても何となくイマイチな感じがするもんなぁ。
 ペ5,000ミリグラムだぁ!!などと強調されたとしても私の心は微塵も動かない。

でも、「ガリゴバンドケラスリセザールボボブー配合!」とか言われると、おー!すごい!何かやっぱすごいのが入ってるぞぉ!ありがたやぁ!などと思ってしまう私はやっぱ相当単純なのかしら。

そしたらこの雑文も「キャプテン200P配合!」などと宣伝すれば売れはしないか。
私のニックネームはキャプテンだし、Pはページの略なのであながちデタラメでもない。
「キャプテン」では短いかな。「ウルトラキャプテン200P配合!」ではどうか。なんだか良い感じだ。
私の提唱している「人は長い名前ほどものすごく有難く感じてしまう説」がいよいよ陽の目を見る時が来るのかも知れない。


となれば思い切って「スーパーウルトラキャプテンガリゴバンドケラスリセザールボボブー200P配合!」ならどうか。
これは結構すごい感じである。ものすごく素晴らしくも不思議で、「未知への期待」といった感情が高まる。
ちょっとまずいかな。そもそもガリゴバンドケラスリセザールボボブーは配合されていないもんな。

しかし、しかしである。例えば私の雑文全般を私が「ガリゴバンドケラスリセザールボボブー」と名付けることにすればどうか。まぁ配合されている訳ではないが、何とかギリギリセーフのような気もして来た。

だが、この私の戦略が成功すると市場がメチャメチャに混乱する危険性がある。物書きの方々がこぞって「サビラボシタンヌビデリマイヤースピボ配合!」とか、「ベングロバディカヴォヤンバリグディトセンヌ500P配合!」とか言いだしたら、何が何だか分からなくなってしまうもんな・・・。

しかし会社においては逆で、シンプルイズベスト。長い名前や覚えにくい施策名などはもっての他である。商品や施策にペットネーム等を付けるケースがあるが、覚えやすく短く可愛い名前が良いようだ。一時会社でペットネームに「〇〇君」というのが流行った時期があり、やたらに〇〇君が氾濫していたりしたのを懐かしく思い出す。
しかし〇〇君では親近感は湧くが、何となく短すぎて有難みは少ない感じだな。

まだ言うか・・・。





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2016年7月20日水曜日

採用面接/狂乱のオピニオン編その13



採用面接
~狂乱のオピニオン編その13



新入社員の採用面接をすることが何度かあった。新卒採用は会社の生命線であり、長い目で見れば採用こそが会社を永続的に発展させられるかどうかの唯一のポイントとも言える。人は一定のサイクルで入れ替わる。企業にとっては、時代時代に会社を動かす人材を用意し続けることができるかどうかが常に最重要課題なのだ。

昔と違い中途採用も活発であるが、やはり新卒採用は各社力を入れている。私の会社では面接のスピードを上げる為に、一次面接は若手社員、二次は課長クラスなど、階層別に人事部以外の社員が応援に出てスピーディーに面接を行っていた。総力戦を仕掛け、内定を出すスピードを上げるのも勝負の重要な要素なのである。 

私は部長時代や役員時代に、最終に近い面接を担当していたことがある。その経験の中で感じたのは、学生の「上手すぎる均一感」であった。最後の方まで残って来た学生達であるから優秀なのは間違いないのだろうが、言うことがあまり変わらないので困る。

多くの人が居酒屋、コンビニ、カフェのいずれかでアルバイトをしており、その時の苦労話がかなり多い。それはまだ仕方ないと思うのだが問題は志望動機。かなり多数の人の答えは「保険会社は形のない商品を売っているので自分自身が商品。自分を磨ける仕事なので」と画一的である。
多分業種別マニュアルみたいなものがあって、よく勉強して来てるんだろうが、三人くらい続けて同じことを言われると、おいおいおい、と思ってしまう。こちらが性格が捻くれてるのもあるのだが、どうしても人と違った独創的な答えをついつい期待してしまうのだ。

大昔の話だが嘘か誠か伝説的に語られているエピソードがある。「サッポロビールの面接」というやつだ。
面接で黙り込む学生。何を訊いても全く答えず、真っ直ぐに面接官を見つめるだけ。面接官が「どうしましたか?何故答えないのですか?」と声をかけると、学生はたった一言、「男は黙ってサッポロビール」。で、見事に合格。
当時のCMをそのまま面接に持って来て、一発勝負を賭けた学生の逸話である。やっぱり作り話かな。でも私が就活をしていた頃にまことしやかに伝わっておりました。まぁ、そこまでしろとは言わないが、やっぱり人と違う主張をしてもらいたいものだと思うのである。

印象的だった学生で「金が欲しい」と強く訴えた人がいた。
自分は家がそれほど裕福ではなかったので、金の有難みを知っている。だから安定的に金を稼ぎたい。保険会社に絞ったのはその為である。自分は金を稼ぐ為なら苦労は厭わない。どんなに苦しくても頑張れる。だから自分を採用してくれ、と切々と訴えるのである。
採用面接で金だ、金だと言う人はまずいない。しかし、就活で企業を選ぶ大きなポイントの一つは収入であることは紛れもない真実である。学生はその本音は隠し、自分を磨ける仕事などと綺麗ごとを言う。しかし彼は違う。俺は金を稼ぎたいんじゃ~!金じゃ、金じゃ、金をくれ~!とぐいぐい押してくる。成績はあまり良くはなく、体育会でもなく、学生時代の素敵なエピソードも不足していたが、私は当然の如く彼に票を入れたのである。彼のその後の消息は知らない。社会人となり金を稼ぐ為に必死に頑張っているのか、それとも単に就職戦線で裏を行く作戦だったのかは今となっては知る由もない。しかし私の感情に強く訴えたことは事実であった。

アルバイトで保険会社のコールセンターのオペレーターをしている、という学生もいた。もう2年ほど事故の受付などをやっておりかなり習熟しているので、私は事故査定業務であれば明日から即戦力で使えます、とのアピールを展開していた。この人もなかなかであった。「明日から即戦力!」と自信満々に言えるキャリアはなかなかない。作戦を練ってアルバイトを選び、人とは違うアピールポイントを作って就活に臨んでいるのだろう。

しかし面接は難しい。20分程度の時間で相手の本質を見抜くなんて所詮無理なのではないか。学生に相当しっかり練習して臨まれれば、ベテランの面接官もすっかり騙されてしまうこともあるのだ。それは仕方がないことなのだろう。

採用面接はある意味騙し合いなのかもしれない。だが結果的に良ければいいのだ。騙されて正解、なんてことは世の中にはたくさんあるのだから直感を信じるしかないのだ。



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2016年7月19日火曜日

目標必達/狂乱のオピニオン編その12




目標必達/狂乱のオピニオン編その12

~更にスローガン問題の本質に迫る!~




壁に貼ってあるスローガンに「楽して儲けて褒められる!」と大きな文字が躍る・・・そんなシーンを夢想していた時期がある・・・。 


私はほぼずっと営業職だった。目標を達成することについては若い頃から相当鍛えられた。
は無茶苦茶だった。ほぼ精神論だけの世界。死ぬ気でやればできるんだ!みたいな。
目標必達と毎日言われていた。壁に貼ってあるスローガンも、「努力」「根性」「為せば為る」的なものが多かった。出来るまで帰って来るな!と怒鳴られたこともある。
きっと高度成長期の理屈だったんだろう。右肩上がりの時代は訪問件数を増やす、行動量を増やす、というような督励で営業が成り立っていたのだ。


昔の管理職は恐かった。目標が行かないとものすごく怒られた。立たされたまま2時間説教される、などということも当たり前にあった。
一度一緒に課長に怒られていた先輩が貧血で失神したことがあった。救急車が来て大騒ぎになったが、課長は翌日から普通に怒っていた。それは時代というものなのだろうと思う。
バブル後は精神論では営業が立ち行かなくなり、様々なマネジメント手法が取り入れられるようになった。マーケット分析やマネジメント理論などが一般化して、営業の質が変化したのだ。


それでも、精神論の好きな人は相変わらず棲息している。結局楽なんだろうと思う。結果だけを問い、怒り狂うのは最も簡単なマネジメントだ。勉強もスキルもいらない。ただただ本能的に「自分の厳しさ」みたいなものを売り物にして、感情を発散させて給料がもらえるなら、そんなに簡単で楽なことはない。


精神論はモチベーションを上げることを求めているが、私は常々「精神論はゼロでいいからスキルを上げよう」と言い続けて来た。精神論でモチベーションを上げても長続きしない。スキルが上がれば成果が挙がり、結果としてモチベーションも上がるのである。


私は裏チームスローガン、というのをよく作っていた。大っぴらに壁に貼ったりはできないスローガンをこっそり共有していたのである。
いくつかあるが、一番の自信作は「楽して儲けて褒められる」である。サラリーマンの夢というか目指すべき究極の姿。しかし、これは実は奥の深い言葉なのだ。
楽して儲けて褒められるためには、楽をしても成果が挙がる仕組みを作らなくてはならない。例えば、販売会社であれば新しい販売チャネルを開発するとか、自然に成果が挙がる仕組みを構築することが必要である。明日楽をするために今日仕組み作りをしよう、という意味なのだ。これを怠たり今日のための仕事を続けていると、「苦しくて儲からず怒られる」というまったく逆の状況になってしまうのである。


「へらへらしててもやる時ぁやるぜ!」というのもあった。苦しくても平気な顔をして目標達成しよう!という意味なのだが、日本人は「楽して」とか、「へらへらして」とかいうことは根本的に嫌いである。謹厳実直努力する、というのが一番なのだ。こんなスローガンを壁に貼ったら上司に何を言われるかわかったものではない。
 しかし、このスローガンの本質は、「大前提が既にへらへらしている」という画期的なものだ。へらへらしていることをスローガンで既成事実化したのである。すごいと思うんだけどなぁ・・・。


かくして、私の考えた素晴らしいスローガンたちは壁に貼ることは出来なかった。返す返すも残念である。しかし、私のように考えている人も世の中にはいるのかも、とネットで調べてみたが、このような社訓や座右の銘はさすがに存在しなかった。


でも、「やる気のない者は去れ」「何が何でも目標達成」などの前時代的なスローガンと、「楽して儲けて褒められる」「へらへらしててもやる時ぁやるぜ!」を比べた場合、優劣は明白であろう。何と言っても明るさが違う。追い詰められ仕方なしにやるのではなく、自ら自主的にやってやるぜぇ!というおおらかな前向きさがあるのだ。


絶対これ良いんだけどなぁ。この機会に是非どなたか使ってくれないものか。




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2016年7月15日金曜日

社員旅行/狂乱のオピニオン編その11



社員旅行/狂乱のオピニオン編その11

~社員旅行は何故廃れたのか!~





かつては社員旅行というのがどの会社にもあった。今もある程度はあるのだろうが、以前に較べると激減しているのだと思う。あれはどうして無くなってしまったのだろう。やはりバブル後のムードや、かつての家族的日本型経営に対するアンチテーゼのようなものであろうか。
 社員の意識が変わり、休日のイベントなどとんでもない、というムードがあるせいかも知れない。平日飲みに誘うと、「残業ですか?」と訊かれた、という笑えない話もあるし、休日にバーベキューを企画したら休日出勤を申請された、という実話すらある時代である。 


私のいた会社でも昔は社員旅行をやっていた。会社負担の旅行ではなく個人から旅行積立のような会費を集め、それを会社の行事として実施していたと記憶している。一部補助のような形の会社の負担金があったようにも思う。


私は若い頃、この社員旅行というやつがイヤでイヤでしょうがなかった。毎日遅くまで仕事しているのに、貴重な休みを潰して上司と付き合わなくてはならないなんてどうかしている!と憤っていたのである。
しかし、このような会社のイベントの特徴は、行く前は目茶目茶イヤでも行ってしまえば結構楽しい、ということだ。バスや車に分乗して行くことが多かったが、二日目の夕方とかに帰って来ると、何だか寂しくなり夕陽を見ると泣きそうになったりするのだから不思議なものである。


しかし、昔の社員旅行の宴会は何故あんなに荒れていたのだろうか。新入社員の頃の社員旅行で上司と隣の課の課長が殴り合いになったことがあり、私は慌てて上司を羽交い絞めにした。まさに殿中松の廊下である。怒鳴り合いは毎年必ず発生していたし、普段大人しい人が豹変し目が据わり上司に暴言を吐く姿などもよく見た。

あれは多分日本酒が悪かったせいだろうなぁ。私も暴れることこそなかったが、目が回ったり、一人が三人に見えたり、トイレで吐いて寝込んだり、ひどい状態になった事が山ほどあった。今は一部の記憶を失うことが年に数回ある程度で、どんなにたくさん飲んでも悪酔いをすることはないので、やはり酒の質のせいではないかと疑念を持たざるを得ない。昔はビール、日本酒、ウイスキーの3つしか無かったから、日本酒へ雪崩れ込むスピードも早かったのだ。 


それから当時の社員旅行には、参加者に無礼講的な意識もあったのかも知れない。確信犯である。
(おーし、今日は社員旅行だから酔ったふりしてあの野郎をぶっ飛ばしてやっか)なんて考えていたかどうかは知らないが、そんな疑いも捨てきれない。
前夜に殴り合いをしていた課長同士も翌日は何も無かったかのように談笑したりしていて、若かりし私は(サラリーマン社会って不思議だなぁ)と思ったものである。目が据わり狂犬のように誰彼となく噛みついていた先輩も、前夜の所業が幻であるかのようにジェントルマンに戻っていたのだ。
そのような大暴れは勿論良いことではない。今であればとんでもない話で、懲戒ものなのかも知れない。しかし、人間らしさとか人間臭さ、というようなものが色濃くあった時代だったのである。

こういうことを書くと「昭和懐古おやじ」の烙印を押されてしまうが、それがどうした!何が悪い!と開き直りたい気持ちもある。歳が行けば皆昔が懐かしいのは当たり前ではないか。そう思えるような時代だったのだ。 


さて今、徐々に日本的経営が見直され社員旅行などのイベントが復活して来ているという話もよく聞く。システム中心の業務となり、イントラネットやメールがコミュニケーションの中心に据えられているとは言え、やはりフェーストゥフェースの良好な関係が業務を円滑にするのである。だから社員旅行に限らず、コミュニケーションアップのために企画されたチーム全体のイベントがロイヤリティを高めることは間違いないのだ。人間だもの、である。


私は社員旅行の是非を論じる気はさらさらない。社員旅行以外でも日常のコミュニケーションが円滑に行く仕組みがあればそれでいい話である。
成果主義になり人間関係が希薄になったと言われるが、会社は人生の中で最も長い時間を過ごす場である。どんなに辛く苦しくとも仲間がいれば乗り越えられるし、仕事が楽でも孤立すれば潰れることもあるのだ。チームを大切にし支え合う気持ちを持つことが、結局は自分を高めることにつながるのである。


そういったコミュニケーション向上の仕組みの一つとして、きっと社員旅行が見直されているのであろう。



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