2016年9月30日金曜日

ナビ/動乱のエピソード編その18


ナビ
~方向音痴界に救世主現る!~

私は方向音痴である。それも人並外れている。方向音痴界の重鎮であり横綱であり大統領である。当然のことながら東西南北が分からない。今いる場所でどっちが西?などと訊かれてもまったく答えられない。時間と太陽の位置から分かるでしょ、などと言われると泣きたくなる。
地図を見ても北が上なら南が下は分かっても、西東はいちいち考えないと分からない。感覚がないのだ。
音楽には絶対音感というものがあるが、方向にも絶対方向感というものがあるに違いない。それが全然ないのである(-_-)

話はちょっと逸れるが、私は球技は比較的得意である。しかし野球のフライが取れない。テニスをずっとやっていてかなり上手かったのだが、スマッシュが苦手だった。どこに落ちて来るかが判断できないのである。テニスは狭いコートの中での話なので何とかなったが、野球は広いグラウンドの中なので、カーン!と打たれたフライがどのへんに落ちるか咄嗟に判断できなければ外野は守れない。私の説では今のフライ問題も絶対方向感が原因なのだ(=_=)

デパートやショッピングセンターなど出入り口のたくさんある施設に入った場合、同じ出入り口から出て来れることは皆無である。必ず目指したところとは違うところに行ってしまうのだ。
待ち合わせをしたりする時はかなり警戒する。知っている場所なら大丈夫だが、行った事のない場所や渋谷、新宿などの繁華街が広がっている場所では辿り着けないリスクすらあるのである。

そのリスクが最近解消された。スマホのナビである。元々カーナビからスタートしたが、今はスマホに標準装備されており目標の住所を入力さえすれば音声案内までしてくれる。これは画期的だ。本当に助かる。方向音痴界に救世主現る!である\(^o^)/

カーナビが出たての頃の話なので15年ほど前になるだろうか。私は部長になりたてであった。ゴルフがあって部下だったK君が自分の車で私の家まで迎えに来てくれた。実はK君も方向音痴界ではかなり名の知れた男で、会社では私と双璧と言われていた。仕事でお客様のところに車で行って2時間辿り着けなかった、などの逸話が数々あったのだ。

「K君、今日は大丈夫?ちゃんと着けるかな」と訊いたら、K君はふふふふと不敵に笑うのである。何だ、どうしたんだ!この自信はどこから、と不思議に思いながら助手席に乗り込んで驚いた。カーナビがあるのだ(゚Д゚)ノ
 その頃はまだ相当高価で私には手が出なかったのだが、K君は清水の舞台から飛び降りたつもりで購入したのだった。

「福田さん、今日から私を方向音痴とは呼ばせませんよ」
カーナビを入れたのと方向音痴が治ったのは全然別な話とは思ったがK君の誇らしそうな表情に、そうかそうかと頷くしかなかった。

カーナビのサポート力は絶大で車は順調にゴルフ場に着いた。K君は得意満面である。
「ほーらね、全然迷いませんでしたよ」と当たり前のことを、相当得意げに言う。それは君の力じゃなくてぇ、カーナビの言う通りにぃ、来ただけでしょー、と言いたかったが黙っていた。

ゴルフが終わり帰路に着いた。来た道をどんどん戻って行ったが、15分くらい走ったところでK君があれ?!と声を発した。どうしたの?と訊くと、道を間違えました、と言うではないか。しかしこの道は確かに朝走って来た道なのである。
「えぇ?でもこの道で来たよね」
「いや、でもナビが違うって言ってるので、ナビの指示通りに行ってみます」
K君は車をUターンさせ、来た道をどんどん戻って行った。しかしこれはどう考えてもゴルフ場へ戻って行っているのである。方向音痴界の最後の巨人とまで言われた私でも分かるくらい明確にゴルフ場に向かっているのだ。
「ねぇ、K君これ戻ってるんじゃない?」
「いいんです!ナビが言ってるんだから福田さんは黙っててください!」
K君はキレ気味である。ところが当然のことながらゴルフ場が見えてきたのである。
「ゴルフ場が見えるよ。やっぱ戻ってるよこれ!」
え?!さすがのK君も気付いて車を止めた。そして必死の表情でナビを操作しながら、あそうか、と力なく呟くとうな垂れた。
やがてしばしの沈黙を破り、K君は申し訳なさそうにこう言ったのだった。
「福田さん、すいません。帰りの設定をするのを忘れてゴルフ場が目的地のままでした・・・」
そうだよね。だから戻ったんだよね。そうじゃないかと思ったんだよね。やっぱりゴルフ場に来ちゃったもんね。

このように、いかにナビが普及しようとも方向音痴界は健在なのである(^^;)


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2016年9月29日木曜日

今月の手土産(9月)「新正堂の切腹最中」/手土産その2

 手土産には「ストーリーが必要」と前回の手土産コラムに記載した。
 しかし、手土産にも様々な場面が想定される。接待の他にも、新任挨拶、転任挨拶、御礼訪問などもあるし、お詫びの際にも持参することがある。だから、それぞれの目的に合わせたストーリーが必要となる。
 実はお詫びの定番の手土産こそがこの「切腹最中」なのである。

 今回の新正堂は、忠臣蔵の赤穂藩浅野内匠頭が切腹をした奥州一之関藩田村右京太夫 の上屋敷跡地に所在している。そのつながりから忠臣蔵にちなみ「切腹最中」を企画したそうだ 

 新橋駅から歩いて5分ほど。こんな店構え。

店の前には大きな切腹最中のぬいぐるみ的なディスプレイも(^^;)
 相当強力に推しているのである(^o^)
 入店し商品を拝見するとラインナップも実に多彩。
 迷った挙句、切腹最中に加え、景気上昇最中、義士ようかんも購入。

 切腹最中は餡がはみ出ていて、ボリュームがあり尚且つちょっとコミカルな感じ。
紙を外して正面から撮ると・・・。
何か迫力すごいね|д゚)
断面図いるかな。
おー、ちょっと切りづらいなぁ。よいしょっと!
 あー、形崩れたなぁ(゚Д゚)ノそもそも最中切るヤツいないもんな。。。。

 中には大きな求肥が入ってて、食べ応えがある。しっかりとした甘さで、餡が粒餡とこし餡の中間くらいで絶妙な食感。マジ美味しい。日持ちは一週間ほど。

 景気上昇最中は縁起が良い感じなので、訪問時の手土産や、地方に転勤する際の東京土産にも使えそう。
 最中はさいちゅうにも掛けてるんだろうな。けいきじょうしょうさいちゅう、ってな感じか。
出してみると。
 おー、なるほど小判型かぁ。上下逆かな。申し訳ない<m(__)m>
 切ってみると、想像通りの断面。日持ちは10日ほど。

 食べると黒糖の旨みがじわっと広がり、これもまた美味しい。黒糖入りは「黒字になるように」という語呂合わせ的な発想だそう(^^)

 そして義士ようかん。歌川国芳の武者絵がステキ。これは5種類の味(本練り、抹茶、塩、黒糖、さくら)。日持ちは何と1年。
 パッケージが美しく社用にも最適である。

 しかし、切腹最中は本当のお詫びの時にはちょっと軽いかな(^^;)
 切腹最中、義士ようかんは季節ものにも使えそう。12月に良いよな。
 宴席で季節柄、赤穂浪士の話題などを軽く振っておいて、お客様が家に帰って開けたら切腹最中と義士ようかんのセット=討ち入りセットなんていうのはとても気が利いてる感じ。↓右下にあります。

 いろいろ使えて便利で話題も振れる見事な商品ラインナップ。
 なかなかやりますね。新正堂さん。参りました<m(__)m>

住所:東京都港区新橋4-27-2
営業時間:9:00~19:00(月~金)、9:00~17:00(土)
定休日:日・祝
オンラインショッピング:有り


【新正堂】切腹最中(5個入り)

売り上げランキング: 279,550



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2016年9月28日水曜日

筋肉/動乱のエピソード編その17


筋肉
~ブラ課長からの帰還!~ 

先日テレビを観ていたら、筋トレが免疫力をアップさせ病気を治す、というのをやっていた。病気になり身体が不調となると筋肉からグルタミンという物質が出て来てリンパ球を増やすというのである。だから病気には筋トレ、ということらしい。筋肉は自らを壊しグルタミンを排出するのだそうで、常にある程度の筋肉を作るトレーニングをしていないと病気と戦えないということのようだ。
番組内では、入院患者にベッドで寝たまま筋トレをさせていた。なるほどなぁ・・・。

私はスポーツ好きである。子供の頃からテニスをやっており、高校、大学、社会人と優勝経験も数多くあり輝かしい戦歴を誇る。ハーフマラソンも走っていたしゴルフも好きでスポーツクラブにも通っている。
そんなスポーツ好きの私だが、何故かやっていたスポーツはすべて「カッコイイ身体にはならない」スポーツであった。
男のカッコイイ身体は逆三角形と決まっている。胸板が厚くてお腹が引き締まっているのが男らしい身体なのだ。これが、カッコイイ身体が正三角形と決まっていれば、世の中のおやじたちの悩みは大幅に減るのではなかろうか。
「〇〇君、なんだねそのへっこんだお腹は!恥ずかしくないのか?!私のような立派な太鼓腹になるよう努力したまえ」なんて部下を叱責したりすることを夢想する中高年のおやじは多いと思うのだが、いつまで経ってもそんな時代は来ないのである(^^;)
私がやってきたスポーツはどれも胸筋をまったくと言っていいほど使わないスポーツであった。なので、ずっと上半身は貧弱だった。これがややコンプレックスであった。

課長時代に部下のN君とスポーツクラブに行った時、風呂でN君に「課長、胸ないですねぇ」とちょっと鼻で笑われ馬鹿にされた。N君は水泳をやっていたので胸板が厚いのである。
直接こんなにはっきり言われたことはなかったので悔しかった。くそぅ、見返してやる!と思った。すぐさま5kgのダンベルを二つ買い込み自宅でトレーニングを開始した。仰向けになり腕を伸ばした状態でダンベルを左右に開くのである。胸筋を付けるのに最も有効なトレーニングと本に書いてあったのだ。
しい時はN君の馬鹿にしたような顔を思い出し、来る日も来る日もダンベルを開き続けた。すると一週間くらいから効果が表れ始めた。胸の筋肉が見る見る隆起して来たのである。こうなると更にやる気が出るものだ。(くそぅ、待ってろよN君)と思いながら、私はトレーニングに明け暮れたのだった。
そして一ヶ月後、私の胸板は見違えるようにぶ厚くなっていた。両胸が隆起し真ん中にきちんと縦に筋が入り、まだまだ発展途上とは言え目覚しい進歩であった。私は意気揚々とN君をスポーツクラブに誘った。

スポーツクラブでのトレーニングでは気もそぞろであった。ともかく目的は風呂でN君に胸筋をアピールすることだけなのだから仕方がない。そしてようやくその時が来た。胸筋アピールタイムである。
風呂の脱衣場でトレーニングシャツを脱ぎ、なるべく自然な感じでN君に、「ねぇ、ちょっと体形変わったでしょ」と言ってみた。するとN君が目を見開いて「あ、課長、凄いじゃないですか?!」と言ってくれるではないか。私は嬉しかった。努力が報われたのである。しかし、N君は私の胸をじっと見つめると、ん?!と首を捻った。
「でも課長、何だか女のおっぱいみたいですね・・・」
ガーン・・・😨
そうなのだ。それは少し私も気になってはいたのだ。胸は明らかに隆起したものの胸筋が四角くならず、乳首を中心に何となく円錐形っぽい形になってしまっていたのだ。N君の次の言葉は私を震撼させた。
「課長、このまま行くとブラジャーが必要ですよ」
ブラジャー?!
な、何と恐ろしいことを言うのだろう。男性用ブラジャーがあるのは知っている。しかしそれを着用するなどということは考えたこともなかった。そんなものをしていたら、仇名はすぐさま「ブラジャー課長」か「ブラ課長」になるに決まっている。イヤだ。そんな仇名は絶対にイヤだ!
「課長、それってダンベルで作ったんですか?腕立てしないと絶対ダメですよ。上から圧かけないと胸筋はまとまらないんです」
何と!腕立て?!そうなのである。私は腕立てはまったくしていなかったのだ。それからは来る日も来る日も腕立てである。ほどなく形が整い私はブラ課長の危機を脱した・・・。

何事も、知らないということは恐ろしい。私は、本質を知らずに努力することは回り道をするだけではなく、大いなる危機を招くことを身を持って体験したのである。



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2016年9月27日火曜日

今月の一軒(ビストロ)「魚介ビストロsasaya BYO品川魚貝センター」/飲食店その3

 ワインが家に溜まることがある。頂きものなどが消化出来ず、家に滞留するのである。ワインセラーなどを購入してしっかり管理している人もいるが、そんな人は稀である。普通の人はその辺に積んでおくか、押し入れに入れておくくらいが関の山なのだ。

 先日友人の、長年単身赴任をしているTさんと話していたら、家ではそんなに飲むことがない為、ワインが家に溜まって困るとこぼしていた。Tさんは先日引っ越しをしたばかりなのだが、その際に運送業者に呆れられたそうである。何とワイン運搬数は65本( ゚Д゚)。壊れ物は業者の方にも嫌がられるのだ(-_-)

 まぁ、こんな人はほとんどいないとは思うが、実はこのように滞留したワインをお店に持ち込んで、美味しいつまみと共にみんなで楽しく飲めたら良いなぁ、というようなニーズを叶えてくれる店があるのである。
 それが今回ご紹介する「魚介ビストロsasaya BYO品川魚貝センター」なのであった。

 品川駅前高輪口右手のパチンコ屋の2階。ビルは極めて分かりやすいのだが、市場的なフロアになっており、他の店舗を通り抜けて入店する感じなのでちょっと面食らう。
 BYOというのは「bring your own」の略だそうだ。持ち込み、ですな。この店ではワインの持ち込みが1本999円で可能、というシステムを導入しているのである。素晴らしい(^o^)
 今回は友人と4人でお伺いしてみた。

 真夏に行ったので冷やせないと、私は持ち込みを躊躇してしまったのだが、同行のSさんが保冷材をガンガンに入れたケースを使って3本も持参。Sさん偉い!さすが!立派!と、会社ではあり得ないくらい手放しでみんなから褒められる(^^;)
 で、4人で生ビールをグビっと飲んで、ポテトサラダと炙りメリメロを発注。

 ポテトサラダはスモークテイストで乗せたイクラも良い感じのアクセント。
 美味しい!ワインに合うぞ!
 炙りメリメロはカルパッチョを軽く炙ったイメージだが、新鮮で豪華!こういうのは初めて食べる感じだ。
 Sさん持参のワイン1本目をお店の人に渡し開けていただく。
テーブルに収納型のワインホルダーが付いてて便利。細かい所もしっかり考えてるなぁ。ワインはブルゴーニュのグラノルディネールブラン。爽やかで薫り高い一本。キレもありますね(^o^)

 更に料理は進み、小エビとマッシュルームのアヒージョ、生ハム、甘エビのスパイシーフリットと進む。
 アヒージョ好評。

 同行のOさんが絶賛し、バケット追加。
 甘エビのフリットは軽く食感がステキ。
 生ハムも美味しいぞ。
 次なるワインはムートンカデブラン。マイルドでふくよかだ。
 Sさんが順番を決めてワインを開けているが見事である。軽く香りの良いものから徐々に深い味わいのものへ移行させているのだ。

 更に蛤の白ワイン蒸し、魚介のブイヤベースと料理は進む。

 ハマグリは身がぷっくりしており、ブイヤベースは豪華で旨みが濃縮されたスープがこれまた秀逸。
 更にワインはどんどん進む。シャブリ2012である。深みの増した味わいはSさん渾身の3本目である。

 シメの料理はしらすぶっかけペペロンチーノ。

 これでもか!としらすが乗った見た目にも豪華な一品。
 うーむ、満足満足。言うことないな。
 これで一人4,000円程度とは素晴らしい\(^o^)/
 Sさんの持ち込みのおかげである。
 
 (ワインはお店に豊富に在庫しており値段も相当安いので、BYOじゃなくてもおススメです!)
 

住所:港区高輪3-26-33パル品川ビル219号
経路:JR、京浜急行品川駅徒歩1
営業時間:16:30~23:30
定休日:日・祝
席数:52


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2016年9月26日月曜日

マラソン/動乱のエピソード編その16


マラソン
~マラソンは新しい幸福感が得られるぞ!~

超のつくマラソンブームだ。大阪マラソン、神戸マラソンなど大都市での大型大会が続々と生まれ大変盛況だそうだ。エントリーも大変なことになっているようである。
東京マラソンのエントリーにおける倍率は約10倍。3万人に対し30万人が申し込んでいるのだ。参加費は10,800円である。プレミアムメンバーというのもあって、年会費4,320円を払うと先行予約枠に入れるらしい。しかしそれでも当選は難しい。確実なのはチャリティランナーというやつで、10万円以上寄付すれば良いそうだ。参加費は別である。さすがにこれは一杯にはならないようだが・・・。

私がかつてレースに出ていた頃のエントリー料は3,000円~5,000円くらいが相場であったと思う。年々上がっているようだが、1万円を高いと思うか安いと思うかは人それぞれだ。しかし東京マラソンは参加する価値があると思う。
何せ、交通規制をして車道を走るというのはものすごい新鮮な感覚なのである。優越感を感じる。経験したことのない新しい世界だ。どうだどうだ、俺の道だぞ、てな感じか。沿道の皆さんが応援してくれるのも嬉しいものだ。そういう意味では今まで未体験の新しい快感を得られるのである。東京マラソンはその極致だと言える。

私も40歳から50歳までの10年間くらいはよくレースに出ていた。フルは機会に恵まれなかったが、ハーフは十数回参加している。最初に走ったのは新潟マラソンのハーフであった。当時は新潟支店の営業課長をしていたのだが、飲んだ席で上司のSさんに「ハーフマラソンくらい走れないヤツは男じゃない」などと挑発され、酔った勢いで「上等ですよ。出ればいいんでしょ、出れば!」とか何とか言ってしまい引っ込みがつかなくなり、たいした練習もせずに参加したのである。元々ジョギング程度は続けていたので何とかなると軽く考えていたのだ。

前半の10kmは好調で、50分を切るペースで折り返した。何だ、走れるもんだな、と快調に飛ばしていたら、15km付近でスタミナ切れになった。これは衝撃的だった。さっきまで絶好調だったのに突然ふくらはぎの辺りがパンパンに張って、足が上がらなくなったのである。本当に驚いた。一体何が起きたのか分からなかった。ここからが地獄であった(*_*;
目標タイム2時間切りをSさんとニギっていたので、必死で足を上げ前に進もうとするが足が重くて上がってくれない。
それでも歯を食いしばって、泣きそうになりながらも1時間58分20秒でゴールした。ゴールして談笑する人達や軽くジョギングする人達の横に、瀕死の状態で倒れ込み仰向けになって空を見上げた。10月10日体育の日。抜けるような青空だった。私はそれまでに一度も感じたことのない、今までと違う種類の幸福感を感じた。

子供の頃からテニスをしており、真夏の3時間のシングルスなどハードな極限までのスポーツはしていたつもりだったのだが、マラソンの自分の限界を超えた達成感はそれまでのものとは違っていた。マラソンはただ走るだけである。原始の時代からDNAに組み込まれたこの「走る」という行為で自分をギリギリまで追い込んだのは本当に初めての経験だったし、その達成感、幸福感はそれまでとは異質なものであった。勿論マラソンには様々な楽しみ方があり、私の申し上げているのはその一つに過ぎないのだろう。それでもエントリーが増え続けるマラソンブームの一面を表わしているのではないかと思う。

私を挑発したSさんは体育会系で無茶苦茶無鉄砲な人である。酒をさんざん飲んだ挙句夜の12時に、マラソンの練習をすることを思い立ち、皮靴、背広、ネクタイのまま日本橋から葛西までの10kmを走って帰り、汗びっしょりで家に着いたら奥様がその異様な様子を見て泣き崩れた、というようなすごいエピソードに事欠かない。
しかし、Sさんがあの日酔っ払った拍子にたいした考えもなく私を挑発しなければ、私がマラソンに出会うこともなかったのだ。その意味では本当に感謝している。

私は一時ヘルニアとなり、今はレースを走ることはできない。しかし、いつかはまたフルマラソンを、と夢見ている。フルマラソンとは頂である。人はみな頂を目指すものなのだ(^^)/



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2016年9月23日金曜日

誰だっけ?/動乱のエピソード編その15



誰だっけ?
~抱き合っているのに誰だかわからないのだ!~


ほとんど営業職で40年近く仕事をして来た。累計でどのくらいの人と会っているのだろう。
万の単位であることは間違いない。法人担当の役員をしていた3年間で交わした名刺は2,000枚であった。年に700人弱である。他の担当時代はもっと少なかったと思うので、平均すると年に300~400人くらいか。接点のあったお客様だけで12,000人~16,000人程度なのではなかろうか。この他に社員の方々がいる。転勤先でそれぞれ200~300人の人たちと会話を交わすため、3,000人~4,000人とは知り合う計算になる。合計すると会社に入ってから接点を持った人は15,000人~20,000人となる。一方スマホの電話帳には544人の連絡先、パソコンの住所録は700人程度である。知り合ったもののもう二度と会うことのない人がほとんどなのだ(=_=)

こんなにたくさんの人と出会っているともう顔も思い出せない人が山ほどいる。一方、顔は覚えているが名前が出て来ない人もいる。
仕事柄パーティなどでお客様を見かけご挨拶させていただくことも多かった。困るのは声をかけられたが誰だかわからない、という時である。
私の経験上、同じ人に3回会いさえすれば確実に覚えることができる。逆に言うと2回では覚えきれないことがある、ということである。恥ずかしい話だが宴席で数時間一緒にいた方でも、一回しか会っていない場合名前が出て来ないことがあるのだ。たいがいは部下の人などと一緒にいるので、サポートしてもらえることも多く問題はなかったのだが、たまたま一人でパーティーなどに出席していて声をかけられた時に名前が出て来ない時はかなり焦る(*_*;

一度大きなパーティで、明らかに見たことのある人が寄って来て、おー!とにこやかに声をかけられた。誰だか分からないまま、こちらも満面の笑みを浮かべどうもどうも、と返す。するとその人が親しげにハグして来るではないか。勿論私も抱き合い背中をポンポン叩いた。しかしそれでも思い出せないのだ。抱き合ったまま誰だっけ?と考えているのは相当まぬけな話である。必死に考えたがそれでも出て来ない。会話から探る手もあるが危険である。こんなに親しげな人にこちらが忘れていることなど絶対に悟られてはならないからだ。少しこちらの態度が変だっただけでも先方は気付いてしまうものなのだ。仕方がないので、頭をフル回転させ政治、経済などの当たり障りの無い世間話を続ける。顔では笑ってても冷や汗をかきながら必死の思いでごまかしているのだ。
先方は上機嫌で、じゃぁそのうちまた一杯やりましょう、と言い残し去って行った。
ふぅ・・・とため息をつき、何とか切り抜けたと安堵する。しかし・・・あれは一体誰だっけ???

勿論こんなことは滅多にはないのだが、このようなピンチでは営業マンとしての経験やアドリブ力がものを言う局面であろう。ともかく「ごまかし通す」と即座に決めさえすれば何とかなるものなのである(^^;)それよりもちゃんと覚えろよ、と言われれば一言もないのだが・・・。

しばらく前に中学の同窓会に出席した。ちょうど60歳になる年度だったため、還暦同窓会と称し強力な動員がかかったのであった。私は福島の出身だが大学からは東京で、その後転勤に次ぐ転勤で郷里での勤務経験はない。なのでほとんど中学の同級生とは接点が無かった。OB名簿からも剥落しており、ほとんど行方不明の状態だったのである。幹事役のSさんがインターネットで名前を叩き行方不明者の捜索に当たってくれたようで、会社に電話をいただき私も見事に発掘された。同様のパターンで全国から発掘されたメンバーが数人いた。本当にネット社会はすごいなぁと感嘆した。
しかし参加する前は不安であった。名簿も廻って来ていないため、友人の名前すらあまり思い出せない状態で行ったのだ。何せ45年ぶりである。
しかし行ってみると記憶が蘇る。少しずつほどけるように思い出して来るのである。学年160人のうち100人出席、という大宴会で、クラスでの2次会も盛り上がり楽しい時間となった。

勿論、中には思い出せない人もいた。おー、福田ぁ!久しぶりだなぁ!元気かぁ!とハグされたが、どうにも思い出せないのだ。
おー!久しぶりぃ!と返し、抱き合いながら考える。前にも確かこんなことがあったなぁ・・・。これは一体・・・誰だっけ???


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2016年9月21日水曜日

エレベーター/動乱のエピソード編その14


エレベーター
~エレベーターにもドラマがあった!~

サラリーマンはだいたい毎日エレベーターに乗るものである。エレベーターはただの昇降機ではない。サラリーマンが乗るエレベーターにはドラマがあるのだ。

私がエレベーターで痛い目に遭ったのはまだ20代後半くらいの時である。重要得意先にお伺いし、用件を済ませ1階でエレベーターを降りたらそこに先方の社長がいた。地元の名士であり当時は雲の上の存在で、私ごときが口を利ける方ではなかったのでものすごく緊張した。
慌てて「社長、お疲れ様です。〇〇(会社名)の福田でございます!」と元気良く挨拶した。社長は人格者で気さくな方だったので、「おー、福田さん、いつもありがとう」と微笑んでくださった。
私は感激した。初めて名前を呼んでいただいたのである。とても嬉しくなりエレベーターに乗り込む社長を見送るべくエレベーターに近づき、「有難うございます!」と深々と頭を下げた。しかし残念なことにどうやら近づき過ぎてしまっていたようなのだ。 
私が頭を下げたところに、両側からガゴン!と凄い衝撃が走った。一瞬何が起きたのかわからなかった。私が緊張と感激と感謝の余り精一杯歩を進め頭を下げたところ、頭がエレベーターの中に入ってしまい両側から閉じるエレベーターに頭が挟まったのだ。思わず、イテテテテテ!と声が出てしまった。その余りにもばかばかしい私の姿に人格者の社長も、わっはっはっは、と大笑いされた。エレベーターのドアが閉まり、上階へと上がって行く。社長のわっはっはっは・・・という笑い声が徐々にフェードアウトして行った。今でもその時のフェードアウトするわっはっはっはが、切ない思い出として鮮明に耳に残っている(-_-)

私の課長時代の部下にK君がいた。K君はものすごく顔が恐かった。並大抵ではないのである。生え際には剃り込みが入っており、眉はほとんどない。しかも空手の有段者であり身長も180cmを優に超え筋骨隆々である。仕事で担当している銀行に挨拶に行ったら防犯ベルを押されそうになったとか、問題のある人が来社したため止む無く警察を呼んだら見た目で判断され自分が捕まってしまった、とか信じられない武勇伝は数多い。そのK君と外出しようとエレベーターに乗ったところ、当時役員だった方が先に乗っていた。
その人も顔が恐かった。二人ともどう見ても常人ではないのだ。二枚目同士ならそうはならないのかも知れないが、恐い顔同士はライバル心が強いのか、K君がいきなりガンを飛ばした。上から斜めに睨むのである。役員も黙ってはいない。何だこの若造が!とばかりに睨み返すのである。予想外の展開に私は言葉を失った。おいおいおいおい止めてくれよ、と泣きたい気持ちのまま早く着いてくれと願うしかなかった。会社のエレベーターの中とはとても思えないような異様な緊張感だったのである。
やがて我々は1階で降り、役員は地下の車寄せに向かった。K君は眉を顰め私に「課長、誰っすかあれ?」と訊いた。「ばかやろう!役員だ!」「え、そうなんですか。しまった。顔が恐いからうちの会社の人と思わなかったっす」お前が言うなよ・・・(=_=)

また、エレベーターと言えば「乗り合わせ」という問題がある。狭い箱に嫌いな人と二人だけで乗り合わせたりするのはイヤなものである。しかし、エレベーターに乗る時に上司を避けるのだけは絶対に禁物である。誰しも難しい上司や偉い人とは顔を合わせたくない。エレベーターホールで見かけると、何としても避けたい!と思ってしまうものである。しかし、気付いていないだろうと柱の陰に隠れたりして1台見送ったりするのは命取りになる危険性がある。難しい人ほど避けられることに敏感であり、根に持ったりするものなのだ。まぁ、エレベーターに限らずであるが、こちらが見かけたらほぼ相手も気付いたと思うべきである。追いかけて乗り込むくらいの根性が求められる。どうせ数十秒のことである。そんなことでマイナスを食らうほどばかばかしいことはない。
サラリーマンは至るところにドラマあり。大事の前の小事なのだ!


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2016年9月20日火曜日

今月の一本(DVD)「ジェームス・ブラウン&ゲロッパ!」/映画・DVDその4


~JBつながりでこの2本を!最高のグルーブと笑いと涙!~



 TSUTAYAに行ったら「ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~」という作品を見かけた。うーむ、JBかぁ・・・(*_*;
 実は私はロックバンドを長くやっていながらジェームス・ブラウン(以下JB)はよく知らない(-_-)

 私は中学生でクリームを聴きロックに目覚め、映画WOODSTOCKを映画館で観て感動し、ビデオなんてない時代だから都合3回劇場に観に行って、CSN&YとかサンタナとかWHOが好きになり、その後ディープパープルとかピンクフロイド方面にすっ飛んで行ってしまった男である。

 なので、ビートルズとかローリングルトーンズもイマイチだし、ソウルミュージックもほとんど聴いて来なかった。何せ「ソウルミュージック」と最初に聞いた時は、100%韓国のソウルで出来た音楽と勘違いしたくらい無知だったのだ(*_*;

 そんな私がJBを強烈に意識させられたのは、井筒監督2003年の映画作品「ゲロッパ!」であった。
 この映画には、大阪の映画館で一人で観て、感動の余りボロボロ涙を流した思い出がある。私の人生でこんなに泣いた映画はない(:_;)泣いたのは主として、主演の西田敏行が、生き別れていたものまねショーのイベンターの娘(常盤貴子)を救うべくJBの「セックスマシーン」を代役で歌って踊るシーンなのだが、大泣きしている私の周りでは誰一人泣いている人などはいなかった。
 大阪の人は一体どうなってんだ!薄情なのか、とも思ったが、どうやら単に私の嗜好の問題らしい。私は音楽ものにかなり弱いのである。ステージを観ただけでも感動してしまうのだから、そこにストーリーが絡んでいたりするともうダメなのだ((+_+))

 で、その時にJBを初めて強く意識したくらいだし、西田敏行が歌った「セックスマシーン」が初ゲロッパなのである。
 ゲロッパというのは、「セックスマシーン」のリフでJBが「Get up!」と繰り返すのが「ゲロッパ!」に聴こえるところから由来している。
 今回「ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~」をレンタルするにあたり、「ゲロッパ!」ももう一度観てみたくなり探したら1本だけあったので、一緒に借りることにした。劇場で観て、ビデオになった時観たから3回目だな。この2回目に家で観た時も私は同じ場面で泣いた。さて、3回泣けるのかどうか(^^;)

 まず、「ジェームス・ブラウン~最高の魂(ソウル)を持つ男~」を観てみた。

 プロデューサーは何とあのミック・ジャガー( ゚Д゚)。作品の中にはJBがストーンズの前座で出演するエピソードなども出て来るが、ともかく何と言っても時代時代のライブシーンがイカしている。これらを観るだけでも十分価値を感じられるが、作品には不遇な生い立ち、音楽との出会い、成功と挫折、熱狂と孤独など、様々なJBの人生が込められている。天才としての苦悩ゆえの奇行や蛮行も余すことなく描かれており、その生涯の何とも言えない切なさに胸が詰まるのである(-_-)

 主役のチャドウィック・ボーズマンの歌と踊りは凄まじい。年齢に合わせたJBの人生をそれぞれしっかり再現している。
 ライブシーンのこのイカしたグルーブとステップはどうだ!JBがマイケル・ジャクソンに大きな影響を与えたことは知られているが、そのことが良く分かる素晴らしいステージである(@_@)
 そして、16歳で入所した教護院で服役中に知り合ったボビー・バードとは、トラブルで袂を分かつこともありながら、生涯の友情を育んでおり、それが物語の重要なテーマとなっている。うーむ、ラストが泣かせる。素晴らしい映画だったなぁ・・・。

 で、これを観た後に「ゲロッパ!」を観てみた。3回目である。

 5年の刑期で刑務所に入る前のやくざの親分が主人公だが、彼には心残りが二つあった。一つは25年前に生き別れた娘を探すこと。もう一つは大好きなJBに会うことだった。弟分(岸辺一徳)や子分たち(山本太郎など)が日本に公演で来日していたJBを誘拐しようと奔走するが、誤ってJBのものまねタレントを誘拐してしまう。そしてそのものまねショーのイベンターをしていたのが生き別れた娘であった。そこで運命の糸はつながり、ヤクザたちと娘、何故か内閣調査室まで絡まって、とんでもないドタバタ劇が繰り広げられるのであった・・・。というような複雑かつダイナミックなお話しですね(^^;)
 ソウルに友情に親子愛にサスペンス、笑いとペーソスなどをギューギューに詰め込んだ井筒監督の集大成的な作品。
 で、結局また泣いた。むせび泣いた。幾つになっても私に進歩はない。あるのは退化ばかりか(^^;)
 しかし役者が上手いなぁ。西田敏行の演技は素晴らしい。岸辺一徳のこの貫禄はどうだ。山本太郎もあのままやっとけばさぁ・・・。まぁいいけど(-_-)

 それはそれとして、JBつながりで今回観た2本の映画は、今年の夏のステキな思い出である。だからこの記事は夏休みの宿題だな。
 はなまるを一つよろしくお願いしたいものですね(^o^)/



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2016年9月19日月曜日

小説「地球最期の日」について

 先日突然別ブログで掲載を開始した小説「地球最期の日」ですが、唐突な告知にも拘わらずお読みいただいて有難うございます<m(__)m>

 実はこの作品は私がやっているバンドF.C.B(Fighting Corporation Band)の楽曲「地球最期の日」がモチーフになっている実験的な作品です。
この歌は実は27年ほど前にアルバムに入れた曲で、そのコミカルで不条理な設定と展開で人気の曲でした。
この歌の歌詞から引っ張って短編小説を書きましたので、かなり変な作品となっています(^^;)
でも、この変な歌を聴いてから小説作品をお読みいただくと、また違うイメージが湧くかも知れません。

小説の主題歌「地球最期の日」(音声のみとなっており映像はありません)

https://youtu.be/KieyOm3X22s

 主題歌付き熱血感動近未来SF恋愛サラリーマン連続小説「地球最期の日」に是非ご期待くださいませ(^o^)/
こちらのリンクからご覧ください!

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2016年9月16日金曜日

勘違い/動乱のエピソード編その13



勘違い
~勘違いの恐ろしさを痛感!~

勘違いというのは恐ろしい。ゾーンに入り込み、まったく信じて疑わない状態になってしまうからである。

大学に入り福島から上京した時に驚いたのは月極駐車場である。福島にも勿論あったのだろうがあまり意識していなかった。東京にはやたらに駐車場が多く、それも大半が月極駐車場と書いてあった。浅学の私には「つきぎめ」とは読めず、「げつごく」と読んでしまっていた。しかも「げつごく」は人の名前で駐車場のオーナーだと勝手に解釈していた。六本木だろうが渋谷だろうがどこに行っても「月極駐車場」はある。なので、東京にはどえらい金持ちがいるもんだと驚いていたのだ。しかもその月極(げつごく)さんは、着物を着て杖をついて髭を生やした陰険な老人であるに違いない、と妄想を膨らませていたのである。
大学の友人に、「ねぇ、月極(げつごく)さんて東京では相当有名な人なんでしょ。どんな人なの?」と真顔で訊いてとことん呆れられた。しばらくの間わたしの仇名は「げつごくくん」であった(=_=)

大阪で副部長をやっていた頃、何だか考え事をすることが多かったのか勘違いミスを多発させていた。ある時、仕事終わりに会社を出て西梅田の駅から地下鉄に乗って梅田に出ようとした。梅田駅で改札を通ろうとしたらチャイムが鳴って止められた。ちょっとムッとした。定期は期限も残っていて止められる理由がないのだ"(-""-)"
駅員の人がいたので、「どうしたんですかね、この定期なんですけど」と定期を見せながら少し強い調子で訊いた。
駅員の人は私の定期を見て怪訝そうな顔で「お客さん、どっから乗ったんですか?」と言った。
何だか態度悪いヤツだなぁ、と更にムカついて、「西梅田ですよ!」と言ったら、駅員の人は私の顔をじっと見て「お客さん、ここは西梅田です」。
な、なにぃぃぃ?!そこで、ようやく状況を理解したのだが、私は何と西梅田の改札を入ってホームを延々と反対側まで歩いて、そのまま改札を出ようとして止められたのである。私はえへへえへへと曖昧に愛想笑いしながら後ずさりしてホームへ戻って行ったのだった(;'∀')

同じ頃にもう一発やらかした。会社は肥後橋の自社ビルであったが、テナントの企業も入っていた。私は営業部に所属していたのだが業務部に用事があり、エレベーターで上がってドアを開けた。するとレイアウトが変わっていたのである。あれぇ、いつ変えたんだろう、と思いながら歩を進めた。更に女性の社員が制服を着ていたので驚いた。私の会社は制服は随分前に廃止されていたのである。
あれぇ、また制服に戻ったんだぁ、と思った。そもそも制服を見た瞬間に気付くべきである。と言うか、レイアウトを見た時点で分かるはずなのだ。急にレイアウトが変わるはずもなく、また突然制服に戻ることなんて有り得るはずがないのである。
ところが私は勘違いのゾーンに入っていたのだろう。そのままレイアウトが変わり、制服に戻ったと思われる業務部へずんずん進入して行ったのである。すると制服の女性に「いらっしゃいませ」と言われた。はっとした。見渡すと知り合いは一人もいない。勘違いゾーンの真っ只中にいた私でもさすがにしまった!と思った。エレベーターを降りて反対側のテナント企業に進入していたのであった。私はまたも曖昧に笑いながら後ずさりして退出したのであった。何と恐ろしい話か(*_*;

たわいのない勘違いが一生ものとなることもある。高校時代の友人のT君は中華料理屋に同行した際、餃子の貼り紙を指差し、「おじさん、さめこって何ですか?」と訊いてしまって以来、仇名は未だに「さめこ」である(^^;)

しかし勘違いが思い出になるうちは全然まだいいのだ。勘違いで決定的なミスを犯さないよう、お互い十分注意したいものである。


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2016年9月15日木曜日

今月の東京新百景「品川神社」/新東京百景その1


~なんと!気軽に富士山に登れる隠れた東京名所!~

 例えば羽田にいてちょっと時間が空いたとする。どこか名所旧跡でも観光しようかと考えた場合、交通の便や全体的な所要時間からイチ推しなのがここ「品川神社」である。品川駅からも至便であるし、東京駅からだってそこそこ便利だ。

 ここは新東京百景にも選出されている隠れた東京名所である。
 新東京百景は、都民の日30周年を記念して1982年に東京都民の公募により選出されている。23区56か所、多摩33か所、大島・新島などの島部が11か所となっている。

 さて品川神社は源頼朝が文治3年(1187年)に品川大明神として祀ったのが始まりだそうである。江戸幕府からも庇護を受けており、徳川家康が関ケ原の合戦の勝利を祈願したとも言われる由緒正しき神社である。また昭和50年(1975年)には、東京十社に選定されている。つまり歴史ある東京を代表する由緒正しき神社なのだ。


 そして実はこの神社では、他の神社では味わえない体験が出来る。それが「富士山詣」。何と境内に富士山があり、リアル富士山頂に登ったのと同じご利益が得られるそうなのだ(@_@)

 富士山に登るのはかなり大変だ。特にトップシーズンはものすごい混み様らしい。登山道は渋滞もあると言う(*_*;冬場は当然閉山だし、なかなか時間が空いたからちょっと登ってみっか、というわけには行かない(=_=)
 しかし、品川神社の富士山詣ならお手軽でしかも年中無休である\(^o^)/

 この富士山詣は江戸時代の文化の名残だ。この富士山を模した人工の山は「富士塚」と呼ばれ当時より信仰の対象であったとのこと。そして現在も都内に60余りの富士塚があり、中でも代表的な所が「江戸七富士」と呼ばれていて、当時のまま現存しているのである。その中でも品川神社の品川富士は何と都内最大なのだ(@_@)
 江戸時代の人たちが登った富士塚に、私たちも当時と同じままに登れるとはステキだなぁ(^^)


 駅は京浜急行線新馬場(しんばんば)駅。普通列車しか停車しないので注意が必要である。前後に改札があるので、品川駅寄りの改札を抜け第一京浜に出るともう目の前が品川神社だ。
 左上のポールが立っているのが「品川富士」である。



 この鳥居の竜がすっごい見事(@_@)

 急な石段を上ると中ほどの左側に登山道入り口が。


 ほらね・・・(^-^)
登って行くと2合目、3合目、4合目と表示があり


  途中からは急な階段になって、鎖場的な鎖がある( ゚Д゚)


  よっこいしょと1分もかからず登りきって(^^;)富士山頂からの眺めはこんな感じ。
 奥は東京湾ですね。
 昔は振り返ると富士山がきれいに見えたのであろうが、今はビルの陰になってしまい残念((+_+))

 登ったのと反対側から下山して本堂に参拝に向かう。

 静謐な佇まい。手入れも素晴らしい。威厳があります。
 お参りを済ませ右側へ向かうと、本堂の裏の方には板垣退助の墓所がある。

 石碑には当然のことながら「板垣死すとも自由は死せず」。

 板垣退助は暴漢に刺され憤死したと誤解されている人もいるようだがそうではない。一命を取留め、後に大隈重信とともに、日本初の政党内閣を組成している。
 しかし、この言葉は正に歴史に残る名言である。信念の為には命を賭して戦うという生き様が込められた魂の叫びだ。
 
 さて以上で品川神社境内を巡ったわけだが、江戸時代に思いを馳せつつ富士山に詣で、徳川家康も参拝した神社で願い事を唱え、更に明治時代の偉人の墓所にも赴き、合計所要時間は10分程度なのである。何と効率的なことか(^-^) 

 手土産は信号を渡った商店街の左側、「王将せんべい」だな。創業50年。しながわみやげ最優秀賞受賞です。堅焼きで美味いんだよね(^o^)

 だから言ったでしょ。イチ推しだって\(-o-)/


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